まず初めに当院はスポーツ競技において、アンチドーピングの立場であることを表明しておきます。スポーツ競技においては、公平な条件で競技が行われるべきであること、無制限なドーピングによる健康被害の恐れがあること、の二つの観点から、ドーピングは監視、禁止されるべきもの、と考えています。
ただ、私個人の考えとして、筋肉量を増やす目的においては、健康に害がない方法であれば、ドーピングはしても良い、と考えています。
現在、筋肉増強剤として一般的に使用されているものはアナボリックステロイド、これはつまり男性ホルモン剤です。
男性ホルモン剤は、高用量の投与によって、高血圧、高LDL血症、肝障害、陰萎などの副作用を発現します。このような副作用があるため、筋肉増強作用はあるけれども、男性ホルモン剤によるドーピングは推奨されません。
けれども、副作用のないドーピングがあればどうでしょうか?簡単なトレーニングで十分な筋肉量を得ることのできるような、副作用のない薬があれば、その薬は、人類の健康に大きく寄与し、生活を豊かにすることができる夢の薬だと考えます。
筋肉が増えれば、消費カロリーが増えるので、体に余分な脂肪がたまっていかないようになります。すると、メタボという病気になりにくくなり、それはひいては、動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞といった、介護されるようになってしまう原因を減らすことに繋がります。つまりは筋肉は健康寿命を延ばすのです。
さらに、高齢化社会で現在問題になっている、サルコペニア、フレイルの問題。転倒、骨折から寝たきりに繋がっていくこの衰退の悪循環を、筋肉量を増やすことで断ち切り、自力で生きていける高齢者が増えることになると思います。
こうした理由で、副作用のない筋肉増強剤は、特に高齢化社会においてこそ、救世主というべき役割を担う薬なのではないかと思うのです。
しかし、男性ホルモン剤は、上記の理由から使用できません。
現在私が期待をしている開発中の薬として、抗ミオスタチン抗体薬というものがあります。封入体性筋炎という、珍しい病気の治療薬として現在開発中なのですが、作用機序からすると、筋肉増強作用が期待できます。そして、現在出回っている情報の限りでは問題となるような副作用は無いようです。ですから、私はこの抗ミオスタチン抗体薬の開発状況に強い関心を持って注視しております。
ここでまた蒸し返すような話をしますが、医者の常識として「副作用のない薬は無い」という話があります。どんな薬であれ、生体に何らかの効果を持つような薬剤は、なんらかの形で生体に害を及ぼすものだ、ということは、医学においては常識です。ただ、その薬の効果と副作用を天秤にかけ、効果のもたらす利益のほうが、副作用のもたらす不利益よりも大きければ、その薬を使用する、という話になります。薬というのは本来そういうものなのです。
ですから、抗ミオスタチン抗体にしても何らかの問題は当然あるでしょう。けれども、いま言ったように利益が大きいならば、そして副作用が許容範囲のものならば、利用していきたい、と私は考えます。
世の中にはまだ、プロテインですら、なんらかのドーピングのようなものと勘違いして、プロテインを飲んでまでトレーニングをしたくない、自然の食品から栄養は摂取したい、という考えの人がたくさんいます。けれども、プロテインは大豆や牛乳から抽出された、たんぱく質に過ぎません。自然の食品を効率よく摂取しているのと何ら変わりは無いのです。
ただプロテインの中には、ビタミン類や、様々な栄養素を加えて、非常に高価な値段で売っているものもあります。また逆に海外から輸入したようなプロテインには、安価すぎて内容に不安があるものや、効果を出すためにドーピングの薬が加えてあったりするようなものがあります。こうした商品には気を付けて、不必要なお金を支払わないようにはしていただきたいと思います。
話が脱線してしまいましたが、要は、根拠のないナチュラル信仰に溺れず、科学的根拠に基づいて、有用な手段はどんどん使って、健康な体を手に入れていきましょう、という話でした。